侘び寂びがつなぐ禅と茶道、そして畳との関係

September 24, 2024
Meditating woman in Japanese room

米国において一般的に認知されている日本の思想として「禅」が真っ先に思いつく方は多いかと思います。かのスティーブ・ジョブスも影響を受けたといわれている日本の禅思想は、米国ではジョン・カバットジン博士によって確立された「マインドフルネスストレス低減法」のインスピレーション元となっていることからも広く知れ渡っています。
そうしたことから米国では禅をストレス解消法やリラクゼーションの側面から理解されることもありますが、発祥元の日本においては禅は無意識のレベルで共有されている価値観を規定する思想の一つと考えられており、今日でも生活様式や美意識を規定するまでに禅の思想が深く浸透しています。そしてその美意識を端的に表現する表現として皆様がよく耳にするであろう「侘び寂び」という概念が存在します。この概念はよく「不完全なものや時間の経過とともに古びていくものに対して感じる美意識」と理解されることが多いですが、実は禅を重んじる禅宗においては侘び寂びの境地に至ることが悟りにつながるとも理解されていることはご存じでしたでしょうか。このように侘び寂びの美意識は宗教的側面とも密接に関係しています。
また、その侘び寂びの美意識を突き詰めた空間として代表的なのが日本の茶室です。ここでも興味深いのは、実は日本の茶道はその根底に禅のコンセプトを有しているということです。そのことは「茶禅一味(茶の湯と禅は本質を同一としている)」という言葉が存在していることからもうかがえます。
そして、禅思想を具現化した茶室においては「畳」も重要な役割を果たします。日本固有の床材である畳は禅の思想、そして侘び寂びの美意識を表現するのに最適な素材として、いまなお日本文化と密接なつながりを持っています。こうした事実は茶道で用いられる茶室以外にも、華道、柔道など日本発祥で「道」がつく分野において畳が用いられていることからもうかがえると思います。
本日は、広く浸透はしているものの意味がつかみづらい禅の思想を整理することから始まり、その禅と密接なつながりのある日本の飲茶文化並びにそこから茶道への発展、そしてその中で生まれた美意識である侘び寂びとその重要な構成要素である畳の複雑な関係を、整理して解説したいと思います。ぜひ最後までお付き合いください。

INDEX

 

「禅」とは何か

座禅をする女性と側で立つ和尚

日本の仏教学者である鈴木大拙などから日本の禅が英語で紹介されたこともあり、アメリカではすでに人口に膾炙している感のある禅ですが、この言葉が日常で使用される際は複数のニュアンスを含んでいることが多く、日本人でもその意味を混合しているケースがよくあります。ですので、まずは禅という言葉が含むニュアンスを整理することから始めましょう。

日常で禅という言葉が使用される際には、主に以下の3つの意味のいずれかを指すケースが多いと思いますので、まずはその点を押さえておきましょう。

  1. 禅: 仏教において心が動揺することのない一定の状態であり、悟りに至るために必要な境地
  2. 禅宗: 仏教の一派で、悟りは座禅によって体得されると考える
  3. 座禅: 座って瞑想することで禅の状態を目指す仏教の修行法のひとつ

簡単に整理すると、「禅」は心の安定状態、「禅宗」はその心の安定を目指す仏教の一宗派、「座禅」は心の安定を目指す方法、ということができます。もし「禅」という言葉に宗教的ニュアンスを感じられていたとすれば、それはこのコンセプト自体が仏教由来のものであることからも説明ができます。

禅と茶の結びつき

伝統的なスタイルでお茶をいれる女性

禅思想の発展に貢献した禅宗の起源は6世紀初頭の中国だといわれています。禅宗の開祖とされている仏教僧の菩提達磨が、仏教の発祥地であるインドから中国に禅を伝えたのが事の起こりとされています。その後、禅宗は様々な宗派に派生したのですが、そのうちの一派である臨済宗を修め日本で開祖となったのが栄西です。興味深いのは、その栄西が同時に宋の禅宗寺院で流行していた抹茶も日本へもたらしたことです。これが日本において飲茶文化が定着するきっかけになったとされています。ただし、その受け入れられ方は現在の茶道から想像するような風流さとは無縁のものでした。実は禅宗の修行においては厳しい修行に集中する手段として、カフェインを多く含む抹茶を飲む習慣がありました。そこからまず茶の持つ薬効に注目が集まることとなったのです。つまり、日本の飲茶文化も事の起こりは実用的ものだったということです。

ただし実用的な側面だけではなく、栄西は禅宗で採用されている「茶礼」という礼法も同時にもたらしました。これは、朝の座禅のあと、食事のあと、作務の休憩時、就寝の前などに皆で湯や茶を飲む儀式を指します。そこでは一つのやかんの茶を皆で分け合って飲むことで心を一つにする(この状態を「和合」と呼びます)意味合いを持ち、この精神性が後の茶道にも影響を与えたともいわれています。

栄西が抹茶を日本へもたらしたことで、日本の飲茶文化が花開くこととなりました。ただし、今日の我々が考えるような茶道が突如生まれたわけではなく、まずは闘茶(茶を飲んで香りや味から産地を推測する競技)や豪華絢爛な茶器の鑑賞、そして茶会など飲茶における娯楽要素が強調された形で文化が広まったようです。このような享楽的な状況に異を唱えたのが、茶道の祖と言われる村田珠光です。村田珠光はお茶にそのお茶がもたらされるきっかけとなった禅の思想を加えることで、茶道の一種であるわび茶を生み出したのです。具体的には、四畳半の質素な和室において少人数でお茶を喫することにより、精神的なつながりを持つことを目的としました。精神的なつながりに重きを置く点は、前述の和合の精神にも通じるものがあるとも言えます。こうして後に、武野紹鴎を経て千利休が茶の湯を大成することとなり、今日我々が考える茶道につながることとなるのです。

禅の思想について

先に禅とは「心が動揺することのない一定の状態」であると述べました。この境地に達するために禅宗では修行を行うこととなるのですが、その過程で重視される価値観をいくつか挙げていきます。

まず他の宗教と比較してユニークなのが、文字や経論に依らずに、悟りを得ることを重視している点です。その代わりに座禅(瞑想の一種)を通じて自力で悟りに至ることを重んじています。その他には、心の動揺の原因となる外界で起こっている様々な出来事に対する関心や煩悩を消し去り、質素を重んじる点も挙げられます。すでにお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、この質素を重んじるメンタリティこそが美意識としての侘び寂びの源流となっていると考えられるのです。具体的には、外見的には質素さを求め内面に対してこだわりを求めるような美意識といえます。

禅がもたらした日本文化への影響

畳が敷かれた和室

インドをルーツとし中国から日本にもたらされた禅は、次第に日本人の気質や日本の風土と融合し、独自の発展を遂げていきました。その中で、禅の価値観をベースとした独自の美意識も宗教の枠を超えて形作られていくこととなります。具体的には、華美を好まず極力装飾や無駄を排するミニマリズムに基づく様式といえ、宗教の影響下にある美術様式が装飾的になる傾向がある点を考えると、非常に特殊な価値観であるといえます。

その価値観を一言で言い表すなら、やはり侘び寂びということになるのですが、この美意識は先に述べた通り禅の影響から生まれたと考えられます。というのも、禅宗において最も重要な悟りを得るためには、この侘び寂びを理解すべきであると考えられているからです。
侘び寂びが持つ美意識は非常に多義的なのですが、ここではその美意識を7つの構成要素に分けて紹介したいと思います。これらを概観することで、今まで漠然としていた侘び寂びの価値観を根底に持つ芸術作品や建築様式、インテリアの通底に流れるコンセプトが腑に落ちるようになるのではないかと思います。

  1. 非対称である事
    対称性や規則性などそれ自体で完結してしまうものよりも、終わりのない不均整なものに価値を置きます。
  2. 簡素である事
    表面的には複雑に見える生命もそれ自体は単純なものだととらえられており、複雑さの先にある簡素さに価値を置いています。
  3. 枯高である事
    外観の美しさではなく、古いものが持つ内側からにじみ出るような美しさに価値を見出します。
  4. 自然である事
    自然の摂理に基づいていることに価値を置きます。
  5. 幽玄である事
    明白なものではなく深淵で優雅な状態に価値を置きます。
  6. 脱俗である事
    外界からの一切の執着から離れて内面の本性に立ち返ることに価値を置きます。
  7. 静寂である事
    あらゆるものを受け入れるために、静かな受け身の心であることが必要だと考えます。

茶道と畳の関連について

茶道を行う女性

侘び寂びの美意識以外に禅宗が持つもう一つの特徴が「修行において形を尊ぶ」という点です。禅宗においては「精神と形は別のものではなく、精神のあるところには必ずそれを表現させる形がなくてはならず、形のあるところには、その形を活かしてゆく精神がある」といわれており、形と精神性に相互関係があると考えられています。その思想は、日本におけるもう一つの禅宗の一派である曹洞宗の開祖である道元が著した「永平清規」にも色濃く反映されています。これは修行僧のための日常生活の作法を定めたもので、内容には僧侶の日常の立ち居振る舞い、飲食の作法のほか、仏への献茶、客人のもてなしなどの儀礼的な茶の作法である茶礼も含まれていました。このような形を重んじる精神と修行方法は、当時存在感を高めつつあった武士階級の価値観や修行方法とも親和性の高いものであったようで、武家文化の発展とともに禅の需要も広がっていき、ひいては禅が武士の生活様式・精神性の根幹ともいわれるようになったのです。

また、先に述べた通り村田珠光が飲茶文化と禅の思想を融合して、茶道の源流とも呼ばれるわび茶を創始して以降、茶道にも形を尊ぶ精神が強く反映されることとなります。そして最も興味深いのが、この形を尊ぶ精神を茶道において実践する際に「畳」が大きな貢献をしている、という点です。

茶道を実践する場として用意されている茶室においては、畳が床材として用いられています。これは茶室が当時の建築様式であった書院造の影響下にあり、そこで用いられた畳がそのまま援用されている事が直接の理由となりますが、興味深いことに結果的には畳が持つ様々な特徴が、茶道における形といえる作法を支える役割を担うことになるのです。

まず畳が持つ第一の特徴として挙げられるのが、畳縁(補強、装飾目的で畳の縁につけられる布)を持っていることです。この畳縁が茶室内において境界線の役割を果たすことでもてなす側である亭主ともてなされる側であるお客の立場をはっきりと分けることとなり、その空間においてそれぞれの立場に求められる役割と礼儀を明確に意識させることとなるのです。

そして畳が持つもう一つの特徴は、畳表に「畳の目」と呼ばれる編み目を持っていることです。茶室で主に用いられている畳は京間と呼ばれているもので、サイズが191cm x 95.5cmとなりますが、この95.5cmの幅にきっちり64の編み目を持つことが特徴となっています。そしてこの網目が、なんと茶室でのあらゆる所作を規定するグリッドのような役割を果たしているのです。例を挙げると、なつめと茶筅の間は畳の目3つくらい離して置く、客人は縁から16目離れた場所に座る、などです。畳が提供する天然のグリッドをガイドラインとしてこのような厳格な形を守ることで、所作の美しさと手元の動きやすさという機能性の両立を実践することが可能となるのです。この美意識と機能性の両立という価値観は、日本的なミニマリズムにも通じるものがあります。そしてこうした形の実践において、畳が重要な役割を果たしていることがお判りいただけたのではないでしょうか。

結論

今回は、漠然と結び付けて語られることの多い禅、侘び寂び、そして畳の関係について、日本の飲茶文化を媒介にひも解いてみました。皆様はどのような感想を持たれましたでしょうか。当初中国から日本にもたらされた禅の思想と飲茶文化はそれほど密接な関連がなかったのですが、歴史的状況の要請から両者間に思想的な結びつくことで日本の茶道、そしてその根底を支える侘び寂びという美意識が生まれたところに日本文化のユニーク性が垣間見えるかと思います。そしてその茶道において禅の美意識を実践するの型を支えるガイドラインとして、畳が特殊な役割を果たしていた点も見逃せません。そうした経緯もあり、禅と畳の結びつきは非常に深いものとなっていったのです。

また先に述べた通り、禅においては自然の摂理に基づいていることにも価値を置いていますので、イグサという自然素材で作られている畳は禅および侘び寂びにインスパイアされたインテリアの演出においてまさにうってつけのアイテムといえるでしょう。

それでは今回はここまでとなります。今回の記事を読んで、自宅のインテリアに侘び寂びの要素を取り入れてみたいと思われた方がいらっしゃいましたら、ぜひ私たちにご相談下さい。私たちのタタミマットがその実現に貢献いたします。次回も様々な視点から興味深いインテリアの話題を用意していますので、楽しみにしていてください。

 

Reference link:

禅宗とは?総本山・開祖と教えの特徴を簡単に分かりやすく解説
“侘び寂び”はここからはじまった 禅の思想と室町時代の文化を学ぶ
侘び寂び
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