ミニマリズムとは何か? -アートスタイルからライフスタイルへの変遷について

November 25, 2024
Minimalist luxury living architecture with concrete and glass, overlooking the ocean under a sunny clear sky.

皆さんは「ミニマリズム」という言葉を聞いて真っ先に何を思い浮かべるでしょうか?おそらくそれは皆さんの関心領域によってさまざまだと思います。それがファッションの人もいれば、建築様式または音楽のジャンルであったりと頭に浮かべるものは十人十色なのではないでしょうか。ただ、21世紀の現代において多くの人がミニマリズムと聞いて思い浮かべるものは、やはり生活様式に関するものではないかと想像します。例えば過去に一世を風靡した近藤麻理恵さんのお片付けメソッドはミニマリズム的ライフスタイルの指南書となった側面もあり、ライフスタイルとしてのミニマリズムに人々の関心が多く向けられるきっかけとなりました。また、昨今でもNetflixが手掛けた「The Minimalists: Less Is Now」がデイタイム・エミー賞にノミネートされるなど、ライフスタイルとしてのミニマリズムに対する注目はとどまるところを知りません。

近年ではミニマリズムはライフスタイルの一形式を表すものとして定着してはいますが、元々ミニマリズムとは20世紀中ごろにニューヨークで生まれた芸術運動を表すために生まれた言葉だったことを知る人も少なくないかもしれません。それではどのような経緯を経て芸術運動を指すミニマリズムが昨今のようなライフスタイルを表す言葉として定着してきたのでしょうか?今回はそのあたりを掘り下げてライフスタイルとしてのミニマリズムとそのルーツについて考えてみたいと思います。

INDEX

 

芸術運動としてのミニマリズム

ミニマリストの抽象画

まずはミニマリズムという言葉の発生源である、芸術運動としてのミニマリズムを概観してみましょう。まずミニマリズムはこれまで隆盛を誇っていた抽象表現主義に対する反動的な芸術運動として、1960年代初頭にニューヨークで生まれました。ミニマリズムのターゲットとなった抽象表現主義とは、ジャクソン・ポロックのアクションペインティングに代表されるように作家の創作性を重視した表現形態です。それに対し、ミニマリズムは「芸術作品は、それ自身以外の何ものにも言及すべきではない」というコンセプトのもと、作家が作品に込めた個人的な表現や暗示などを否定するところから始まり、その結果として装飾的な要素は最小限に切り詰められ、形状としてはシンプルなフォルムを特徴としています(そのため、一部では「リテラリズム」などと揶揄されることもあります)。このような表現形態は、ロシア構成主義、オランダのデ・ステイル、ドイツのバウハウスなどヨーロッパの様式からの影響が強いようです。なお、それ以前から西洋では「オッカムの剃刀(問題解決の原則の一つで、最も単純な解決策が常に最善であるというもの)」や「洗練を突きつめるとシンプルになる」というレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に代表されるように、「シンプルなものほど良い」という考え方は広く受け入れられていました。あまりにも人口に膾炙していて見落としがちですが「Simple is best」というフレーズも忘れてはいけません。これらの価値観もミニマリズムの誕生に一役買っていたのではないかと考えられます。代表的なミニマリズム作家としては、フランク・ステラ、ドナルド・ジャッド、カール・アンドレなどが挙げられます。

あらゆる装飾を捨象して本質に近づこうとするミニマリズムのコンセプトは、彫刻や絵画などの視覚芸術以外にもあらゆる分野に波及していきます。例を挙げると、音楽、ファッション、建築、文学、演劇など芸術の諸分野への影響はもちろんのこと、工業デザインやクッキングなど生活に密着した分野にまでミニマリズムの影響は及んでいきます。これらミニマリズムの波及した分野において共通していることは、「余計なものを排して本質に迫る」というアティチュードだといえます。そこで興味深いのが「余計なもの」ととらえられたものが、各分野においてさまざまであった点です。例えば、音楽におけるミニマリズム的方法論の実践であるミニマル・ミュージックでは、音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させることで、音楽の本質を突き詰めようとします。さらにミニマリズム建築においては、バウハウスの校長でもあったミース・ファン・デル・ローエが「less is more」のスローガンのもと装飾が極限までそぎ落とされた建築を手掛け、これがさらにミニマリズム建築の一つの到達点だといわれています。

ライフスタイルとしてのミニマリズム

モダンな家具を配したミニマルなリビングルームで読書をする穏やかな女性。

それでは「ミニマリズム」という言葉がライフスタイルの一形式を表すようになったのはいつごろからでしょうか?正確なデータはないのですが、個人的な印象では2000年前後を境にライフスタイルの一形式を表すミニマリズムが徐々に注目を集めていったように思います。このムーブメントは、行き過ぎた消費社会への反動やアンチテーゼとして注目を集めたことをきっかけに徐々に世間に広まっていったといわれています。この動きを加速させた人々の中に特に注目を集めたのが、近藤麻理恵や佐々木典士など日本のミニマリストであったため、アジア文化圏特有の価値観と思われがちですが、所有物を減らし倹約をよしとするという価値観は実は地域を問わず普遍的なものです。仏教はもちんのことキリスト教でも清貧を重んじており、他にも倹約を重視する宗教は世界中に多く存在します。またその多くではシンプルな生活を奨励しています。さらに森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を実践したヘンリー・デイヴィッド・ソローのような例も見受けられます。このような生活様式は「シンプル・ライフ」と銘打たれ、欧米圏でもすでに認識されていました。

それでは、様式としてすでに認識されていたシンプルライフが、なぜ「ミニマリズム的ライフスタイル」と名前を変えて再度脚光を浴びることになったのでしょうか。一つにはこのムーブメントのきっかけが、20世紀に隆盛を極めた消費社会とそこから導き出される「幸福は所有物の多さによって達成される」というスローガンに対する多くの人々の懐疑心にあったことがあげられます。その状況に芸術運動としてのミニマリズムの「余計なものを排して本質に迫る」というスローガンが人々に刺さり、余計なものを排して人生の本質に迫りたいと願う人々の指針となったことが、今日のブームの一つのきっかけになっているのではないかと考えられます。ライフスタイルにおけるミニマリズムの指す「余計なもの」とは、まさに部屋を埋め尽くす使わなくなった数々の商品を指します。これらを排して到達できる「本質」とは何でしょうか?それは人生の目的であったり大切な家族で会ったりと人によって様々ですが、「本当に自分にとって必要なもの」と言い換えることができるでしょう。このように、消費社会に翻弄され大切なものを見失いかけていた人にとって、ミニマリズムは人生の余分なものを取り除き、大切なものに集中するための思考ツールとして受け入れられていったのです。

日本とアメリカのミニマリズムの違い

木のぬくもりのある茶室の風景

ここまで芸術運動としてのミニマリズムからライフスタイルとしてのミニマリズムへと遷移していく流れを紹介しましたが、欧米でも倹約をよしとする価値観が従来から備わっている一方で、なぜ日本のミニマリズムスタイルが現代のミニマリズム的ライフスタイルの中で強い影響力を持っているのか、という点に疑問を感じている方もいるかもしれません。ここではその理由について解説してみたいと思います。

私が考えるにその理由は、禅の影響のもと「余計なものを排して本質に迫る」生活様式を既に15世紀から16世紀にかけてすでに建築様式にまで昇華できていた日本文化の特異性にあると考えています。その建築様式の根底に流れる美意識はいわゆる「侘び寂び」という言葉で表現されるもので、従来からミニマリズム的生活様式を建築空間に取り入れることに日本人は長けていたといえます(侘び寂びに関する詳しい解説は、過去の記事である“侘び寂びがつなぐ禅と茶道、そして畳との関係”を参照ください)。例えば簡素であることをよしとする侘び寂びの思想は、ミース・ファン・デル・ローエの「less is more」とも共通するものがあります。ただしアメリカのミニマリズムが「芸術の本質」を追求することが発想の起点にあったことに対し、日本のミニマリズムが禅の影響下のもと「悟り=人としての本質」を追求した点に大きな違いがあります。

また、倹約を重視する中で人としての本質を追求しようという欧米の価値観は以前から存在するものの、それを建築様式にまで落とし込んでいる例は残念ながらあまり見当たりません(なお、例外的に所有欲にとらわれずシンプルライフを重んじるヒュッゲ(Hygge)の思想に根差したスカンジナビアデザインのようなスタイルも存在します)。

このような状況下で、倹約をよしとする西洋の価値観とアートの方法論としてのミニマリズムをつなぐミッシングリンクの役割を果たしたのが、日本的ミニマリズムだったのではないでしょうか。この点が、生活の中で本質的に大切なものを追求したいと考える現代人のニーズと日本的ミニマリズムが共鳴した最大の理由なのではないかと考えています。

参考までに、以下にアートの文脈で語られるアメリカのミニマリズムスタイルと近年注目を集めているライフスタイルと密接に結びついた日本的ミニマリズムスタイルの特徴を、建築とインテリアの分野に特化して比較してみました。以降、ミニマリズムのトピックを読む際の参考としてみてください。

  アメリカのミニマリズム 日本のミニマリズム
ルーツ 抽象表現主義に対するアンチテーゼ
使用素材 ファイバーグラス、プラスチック、シートメタル、アルミニウムなどの工業素材 木材、竹、石、和紙、リネン、藤などの自然素材
使用色 中間色と単色 アースカラーの暖色系
装飾 すっきりとしたラインのステートメントアイテムや大胆なアートワーク 目立たないシンプルな装飾
スペース 適応性よりも機能を優先し、ゾーンを明確にしたオープンプランのレイアウト 開放的かつ適応性のあるアプローチ
自然に対するアプローチ 屋内と屋外を完全に融合させるのではなく、開放感を生み出すことに重点を置く 自然との強い融合

 

結論

今回は、多義的な意味を持つ「ミニマリズム」という概念を、その誕生から今日における現代人のライフスタイルに対する影響まで広く掘り下げてみました。いかがでしたでしょうか?もともとは一つの芸術運動から始まったミニマリズムでしたが、その内包する「余計なものを排して本質に迫る」という問題提起が、ものと情報にあふれる現代社会で人々が抱える悩みと共鳴し広く支持されるライフスタイルとなった流れは非常に興味深いものだったのではないかと思います。

またそうしたミニマリズム的ライフスタイルの中で、禅をルーツとした日本発のミニマリズムが現在なぜ強い影響を持っているのかについても触れました。「余計なものを排して本質に迫る」という生活様式をベースにインテリアデザインにまで昇華した侘び寂びの価値観を受け継いだ日本的ミニマリズムが、今日の社会で再び脚光を浴びている事実には驚くのと同時に「人としての本質を追求したい」という欲求が古今東西普遍的なものであるという事実も再認識させられた次第です。

今回の記事を読んでミニマリズム的な生活空間に興味を持っていただければ幸いです。またミニマリズム的な生活空間を自宅に取り入れたいとお考えの方は、ぜひInterra USAまでご相談下さい。日本的ミニマリズム空間を表現するうえで欠かせない畳マットを用いた生活空間設計のお手伝いをさせていただきます。

それでは今回の記事はここまでにしたいと思います。次回もインテリアに興味を持っている方に楽しんでいただけるような記事を用意していますので、楽しみにしていてください。

 

畳を敷いた、伝統的な和室

 

こちらで使用されている畳マットはここからご購入いただけます。

 

Reference link:

ミニマリズム – Wikipedia
Minimalism – Wikipedia
シンプルライフ (ライフスタイル) – Wikipedia
Simple living – Wikipedia
ミニマリズムってなに? ー シンプルライフが心地いい
What Is Minimalism? A Practical Guide to a Minimalist Lifestyle – Break the Twitch
What Is Minimalism? – The Minimalists
What Is Minimalism?
ミニマリズムとは?インテリアにおけるシンプルとの違いや取り入れ方を解説| BoConcept採用サイト
ミニマリズムとは?考え方やミニマリストとの違い、ポイントを解説ミニマリズムとは?考え方やミニマリストとの違い、ポイントを解説 – グリーングロワーズ | 安心安全で環境に優しい水耕栽培レタス
本質的思考『ミニマリズム』とは?
Minimalism in the West. By now, most people have heard about… | by Alessandra I Volpi | The History, Philosophy and Ethics of Design. | Medium
Japanese Minimalism: How to live simply
ミニマリズム – artscape
Minimalism | Origins, Characteristics & Influences | Britannica
ミニマリズム|美術手帖
ミニマリズムとは何だったのか。モンドリアンから草間彌生、リヒター、ティルマンスまで、現代アートの一大潮流を総覧|ARTnews JAPAN
ミニマリズムの特徴をわかりやすく解説|ミニマル・アートの代表的なアーティストや時代背景を紹介